審査講評
テーマ:「大きな家」
審査員/平田 晃久 氏
ⒸLuca Gabino
「大きな家」という、どのようにでも解釈できるような、簡単かも知れないけれど、ある意味では難しい課題に対して、多様な回答が寄せられて、非常に楽しく審査することができました。
大きくは二つぐらいの傾向に分かれていたかなと思っています。
第一の傾向は住宅というものを、単純に建物に限定せず、環境を含めた大きなものとして、再定義するようなタイプの案で、金賞/早坂愛佳さんの案、佳作A賞/野中郁弥さんの案、佳作B賞/西尾依歩紀さんの案、佳作C賞/岩下隆平さんの案といったものが、そのような傾向になるかと思います。
第二の傾向は、単体の建築であったとしても、非常にユニークなアプローチで、その建築の中に多様な大きさを内包しているような形の提案で、銀賞/服部圭佑さんの案、佳作A賞/杉山峻涼さんの案、佳作B賞/宮本皓生さんの案、佳作C賞/後藤樹也さんの案といった作品がそうした傾向になるのかなと思います。
第一の傾向を代表する案として、金賞の「川を守る者たち」という早坂愛佳さんの提案が挙げられます。これは川の堤防みたいなもの、今までそれが土木的な構築物で、住宅というものとか、その建築というものと完全に分かれている存在だったものを、もうちょっと川の流れの中に、住む場所というのが半分挿入されて行って、半分溶けあったみたいな関係になっているような提案です。川というのは、氾濫した時にものすごく暴力的なものにもなり、ある意味怖いものですので、なかなかそういう勇気のある提案というか、本当にこれが実現可能かというと、色々な意見があるかも知れません。でも、もしかしたらその堤防的なるものというのも、もっと壁を持った空間、具体的な人が普段はここで多様な形で生活できるような場所であったとしても、それでも楽しくなり立つし、自然というものと人の住む場所、あるいは人工的に開発していくような場所との境界線が、もっと多様であり得る、それが、大きな意味で家と言えるような場所になるのではないか、という予言的でもあるような提案です。この配置図の絵などは非常にインパクトがあるというか、面白いイメージを掻き立てるものだったと思います。また、この考えの根っこにあるもっと混ざり合う自然と人工というか、人工物も自然ももしかしたらもっと一体的なものなのではないか、ということを想像させる考え方というのは、これからの建築を変えていくような一つのきっかけをつくるのではないかと思い、あえて高く評価しました。
それから、単体の住宅というか、建物的に捉えるという第二の傾向の中で、服部圭佑さんの「3センチの空をつかまえる家」というのを銀賞に選びました。これは非常に単純な案で、ビルとビルの隙間にアルミのような反射性の壁を立て、空の色で満たされたような、細長い井戸のような空間を作るのですが、その空間の一番ボトムには、ビルの隙間で定義された少し凹凸のある形の空間があって、その空間に空が降ってくる、そういう場所で生活してみたいなと非常に思わせる、狭い隙間なのですが、その狭い隙間がもっと大きなものに繋がって、普段感じることができないような広がりを持つというアイデアは、ありそうでなかったものだと思います。その点で非常に想像力を掻き立てられましたので、その点を評価して銀賞にしたいと思いました。
銅賞の「批評するキリン」の坂野修平さんは、第一と第二の傾向に整理され切らないような、かなりユニークなアプローチをされている方でして、キリンが飼われている囲いの中に、自然を模したような人間の家が、さらにその中に入っている。どちらが囲いの中に入っているのか、また、どこからが自然でどこからが人工なのかが、わからなくなるような仕掛けそのものを「大きな家」として提案されています。家というのは、自然の中にある人間のための住む秩序みたいなものを作るものなのだとすると、それが幾重にも反転されると言いますか、そういうことが一体何を意味しているのかという、ある意味で哲学的な問いを誘起するような作品で、グラフィカルな表現も非常に美しくて、興味深い問いを発しているおもしろい案だと思って、これを銅賞と致しました。
あと順番に佳作の作品を紹介します。
佳作A賞/杉山峻涼さんの「大きなおだんごの家」。これは単純に、お団子のような平面形をしたスラブのようなものが、住宅の真ん中に挿入されているというだけの、単純なアイデアなのですが、そういう不思議なカタチの空白があることによって、モノに満たされた、アフリカの雑貨屋さんのオーナーが住む家なのですが、そこに不思議な広がりが生まれていて、この空白によって生まれる広がりというのが、このままこれを作っても十分建築作品として成立しそうな気配も漂わせていて、ユニークな案として高く評価できると思いました。
佳作A賞/野中郁弥さんの「船を造ること、海を使うこと、街を育てること ―造船業がつくる新しい大きさの中に暮らす―」ですが、これは住宅というものを、もっと大きなものとして、これは瀬戸内の造船業を営むしまなみ海道にある一角を、海の広がりと言いますか、造船業で結ばれた一定の海のまわりの場所、それら全部が一つの家なのだという話になっています。こういう何かをつくった産業みたいなものと結びついたかたちで、たくさんの人々が生きているということを、家と定義づけるという見方は、非常に現代的だと思い高く評価しています。一方で、その中に劇場として提案されている、実際の浮かぶ船のような建築の提案、これがもう少し具体的かつ魅力的であったとすれば十分、金賞を狙えるような枠組みの思考が提示されていたと思いますが、そこが少し惜しかったと感じています。
佳作B賞/宮本皓生さんの「うつろいの映写機」ですが、これは、代々木の高層ビルに囲まれた谷間にあるような低層住宅地域に、あたかも一つの映画のシーンがずうっと折りたたまれたような住宅をつくっています。これは住宅というよりも、経験の装置のようなものでもあるのですが、街の中に色んなシーンで出てくるようなありふれたものたちや、このユニークな場所から見える風景の切り取られた窓だったり、さまざまな形でそうしたその要素というものが一本の映画のように繋がれている。それが割とユニークなかたちで結実していて、住宅なんですけれども外側にあるものが何か写し込まれたような、そういう広がりを持っているという意味で、面白い試みなのではないかという風に感じました。
佳作B賞/西尾依歩紀さんの「溜(タ)め家(イエ) ―ため池と共に生きる大きな家の提案―」なんですが、ため池の水が満ちたり引いたりとか、さまざまな季節によって変わるため池の様相を、上手く生かしながら生きていくような一連の工房も含めた様々な人たちが一緒に住むような、共同体のための家のようなものを非常に丁寧に計画されていました。これは建築的にものすごく単体の建築の在り方が興味深いというよりは、この丁寧さとこの場所の関係というのを緻密に考えている姿勢は、好感をもって見ることができました。
佳作B賞/野中美奈さんの「みんなでつくる大きなおうち―技によりお互いを尊重し、みんなを受け入れる―」という作品ですが、これはある意味で大きなものを、一つの家として呼び込んでいる第一の傾向に属しながらも、第二の傾向でいわれているような、一つの家としての単体の建物としてちゃんと再解釈していて、その意味では、2つの傾向が一つに融合した、非常に優れた作品だといえるかも知れません。それはどういうところに表れているかというと、この住宅自身が、モノづくりをする人々がそれぞれの技を発揮したり、他の人に教えたりすることができる場所を内包して、一つの大きな屋根で統合されたような住宅になっていると同時に、ダイヤグラムでも様々な人々の関係が立体的に大きなサイクル、小さなサイクルが重なり合った、複数のサイクルが重なり合うものとして、イメージ、提案されているということが、非常に優れていると思いました。一方で、建築としてのユニークさという点では、若干、表現として弱い部分もあるかなと感じました。
佳作C賞/岩下隆平さんの「境界線に屋根をかける」という作品。これは非常に素直に、街の中のそれぞれの住戸に、少し道路にはみ出した公共的な縁側のようなスペースをたくさん設けて、それらが全ての人々にとっての公共の家のようなものになるという提案で、わかりやすくて、しかもそれぞれの縁側がユニークかつ丁寧にデザインされていて、好感を持つことができました。ただこのような提案が、他のコンペティションなどで全く見ないものかというと、そうでもないところもあるので、丁寧さという意味では高く評価しつつも、佳作ということになりました。しかし非常に優れた表現であるとも思います。
佳作C賞/後藤樹也さんの「不完全が生む寛容な家」。こちらは、住宅というものが、完全に生活をきちっと定義づけるものである窮屈さを超えるような、不完全さというものをテーマにしている。このテーマの設定が非常に面白くて、階段の不完全化とか、屋根の不完全化とかという言葉が、非常に想像力をそそるものだったと思います。一方で、本当にそういう不完全化が進んだ住宅というものが、もっと多様にデザインされていれば、もしかしたら金賞銀賞レベルの作品になり得たかもしれないのですが、少し抽象的な表現にとどまっているのが、グラフィカルには美しい表現であるとは言え、最終的には佳作という事になってしまったのかもしれません。ただ非常に面白い問題提起であるという事はいえると思います。
このようにたくさんの面白い作品の中から、10点を選ぶのも非常に難しい作業でしたが、それに、もしかしたら僕が審査の中で完全に理解することができなくて、読み切れなかった部分がある作品が他にもあるかもしれないという、少し後ろ髪惹かれるような気持ちもあるのですが、しかしながら特に金賞、銀賞、銅賞の作品のような非常にユニークな問題設定や、鮮やかな回答に出会えたことは、今回非常に印象的でしたし、自分がこれから住宅にせよ大きな建築にせよ、様々なタイプの建築を創っていくときに、ここに示された思考の広がりというのは、僕にとっても非常に面白いものになったという風に改めて感じています。
Profile
1971年大阪府に生まれる。
1997年京都大学大学院工学研究科修了。
伊東豊雄建築設計事務所勤務の後、2005年平田晃久建築設計事務所を設立。
現在、京都大学教授。
主な作品に「sarugaku」(2008)、「太田市美術館・図書館」「Tree-ness House」(2017)、「八代市民俗伝統芸能伝承館」(2021)等。村野藤吾賞(2018)、日本建築学会賞(2022)等多数受賞。
著書に『Discovering New』(TOTO出版)等。