審査講評
テーマ:「日本のアジール・フロッタン」
審査員/遠藤 秀平 氏
テーマ設定では、「このアジール・フロッタンは、日本の沿岸部や河川において難民を受け入れる浮かぶ避難所であり、移動の自由も有し必要に応じて災害地の沿岸に出現する。浮かぶことの可能性は、土地に縛られないことである、それは歴史や伝統的因習からも自由になる可能性を有している。」とした。ル・コルビュジエが90年ほど前に構想したアジール・フロッタンが元は石炭を運ぶ船であったためか、多くの提案が船型になっていた。それらの案により船に対するイメージをより拡張できたが、しかしある速度で移動する必要がない前提であれば他の形状の選択肢があったのではないか?このような疑問を持ちながら審査を行った。
優秀賞に選ばれた3作は、提案にこめられた思いと情報量がともに多く、見る側を引き込む魅力をもっていた。
「十二隻の難民」、海上石油開発のための移動式プラットフォームであるオイルリグを再利用しようと言う提案である。折しも2018年に経営破綻した日本海洋掘削株式会社が所有するオイルリグと社員までも引き受けて転用するリアリティを有するが、このコンバージョンにはコルビュジエが柱や水平連続窓を石炭船に付加し空間を変容させたような建築として拡張性を感じられなかった。このコンバージョンにおいて、なにが付加されれば21世紀に生きる我々のアジール・フロッタンとなりえるのか、残された課題を顕在化させている。
「知をたどるクジラ」、緻密に描かれたドローイングとその空間における多様な人の営みを感じさせる。出すぎた杭をもとめて出没するクジラ型アジール・フロッタンである。やや牧歌的であるが、日本の国土に期待をもたず、諦めを持ってこの小さなアジール・フロッタンから日本を救う物語は、現代日本の状況を示しているようであり、陸に上がれない杭を連想させるところはまさに日本のアジール・フロッタンであり隠れ家である。
「たゆたい、くっつく島」、船型ではない提案であり、不定形な構造物が浮遊する。多様な形態と機能とが複合化され災害地で人々を受け入れる。まるで、日本列島が太古に大陸から引き離され今日があるように、多様な地域のなりたちを保存する孵卵器としてのアジール・フロッタンの提案である。
佳作A
「Noah's Ark ~コンテナハウスが飛来する未来~」、ドローンにより飛来するコンテナ、空中を浮遊するアジール・フロッタンである。荒唐無稽なSFに属すると思われがちな提案であるが、軍事分野ではいまや1t単位のものがドローンで運ばれようとしている。近未来のアジール・フロッタンは空中に浮かぶ。
「たゆたう」、床と切り離され水面に浮かぶ柱の相互補完が生み出す揺らぎが魅力的な提案である。強風や荒波が襲う海上では存続さえ危ういであろうが、床から切り離された屋根と柱が波や風にただよう空間には心を和ませる一瞬が宿る。
「陸の箱舟」、木造の魅力を再発見しようと言う提案であり、木造が本来有している簡易な流動性に着目している。歴史的に草庵茶室もこのような流動性を有していたが、現代社会では忘れ去られていると言える。提案の小屋にテクニカルな現代性があればより流動性を訴求できるであろう。
「船湯 SEN-TO」、日本古来の共同体を再考する可能性を持つ浴場を、あらたなアジール・フロッタンとする提案である。ある速度での移動を前提とする船形であるが、湯に親しむ環境設定においては、これとは違った浮遊形式がありえるのではないだろうか。
佳作B
「Bulles de croi^tre 成長する泡」、我々は陸上生活を前提にしている、そこには安心感が大きく作用していることは間違いない、そしてどこかに所属することも与えられる。我々は泡の一つとなり漂流民となる勇気を持てるだろうか。
「海ヲ洗濯スル漂泊船」、海を洗濯することの重要性は、今や世界的環境問題であり島国である我が国にとっては最優先で取り組むべき生命線とも言える。提案の船の構造的リアリティはやや希薄であるが、課題への取り組み姿勢に注目したい。
「モノの方舟」、やや大掛かりなシステムを前提にした提案であるが、大量消費と大量廃棄は船により解決できるのか。それは陸からの逃避行でもあり、人も陸を離れることで一線を超えられるように誘っているようだ。
「<植/食>生する方舟」、植物とともにある生活、食料を確保しながら移動できる、これほどの自由は他に望むところがない。避難場所であり隠れ家において、植物以外に必要なものは何か、なにかが物足りないと教えている。
現在は、我々と環境との相互作用を指標にしたとても短い時間軸において、気候変動の時代であると言える。それは他の生物にも致命的な影響を与えることであろうことは容易に理解することができる。しかし地球環境はもっと長い時間における生物と地球の営みの結果であることを忘れてはならない。
もう1度テーマに戻ると、「「日本のアジールフロッタン」において想定する難民は我々自身である。今日の難民には、当然国境を越えてやってくる難民問題があるが、・・・・・・人為による経済的混乱による失業や転勤そして病気もなども含めれば、日本に居住する誰もが「安定した住居を持続する自由」を失う難民予備軍とも言える。現代において様々な理由により出現する難民、これらを柔軟に受け入れられる「日本のアジール・フロッタン」を構想してほしい。」と投げかけた。応募作品は、テクニカルな提案、ビジョナリーな提案に大別できたが、そのどちらもが、現在の日本を背景としたものであり、その意味ではリアルさを持っていると言える。しかし、その日本リアルが危うく思われてならない。我々は災害とともに長くこの列島に暮らして来たが故にか、災害の発生と正面から向き合っていないのではないか?次に起こるであろう巨大な災害への準備ができているとは思えない。そのことをこのコンペでは共有したかった、応募した多くの方々が継続してアジール・フロッタンを考えてもらえればと思う。
Profile
遠藤秀平(ENDO Shuhei) / 建築家
1960年 滋賀県生まれ
1986年 京都市立芸術大学大学院修士過程修了
1988年 遠藤秀平建築研究所設立
2004年 ザルツブルグサマーアカデミー教授
2007年~ 神戸大学大学院教授
2012年~ 東北(潘陽)大学客員教授
2013年~ 天津大学客員教授
現在に至る
[主な受賞歴]
2003年 芸術選奨文部科学大臣新人賞
2004年 第9回ヴェネツィアビエンナーレ金獅子特別賞(イタリア)
2005年 BCS賞
2012年 日本建築家協会賞
2015年 公共建築賞
2016年 日本建築学会教育賞
ほか
[主な著書]
paramodern architecture(Electa)
アジール・フロッタンの奇蹟(建築資料研究社)
ほか