審査講評
テーマ:「小さな木の家」
審査員/深澤 直人 氏
「小さな木の家」というテーマだからかもしれないが、建築のコンペとは思えないような、まるで子供たちが抱く平和な生活のイメージの絵画のような、ロマンチックで、ややメルヘンチックなデザインや提案の技法が多かったのには驚く。建築を専攻する学生や研究者達の最近の作風の傾向とも理解するが、「小さな木の家」というテーマが、これほどまでに主観的な自己の憧憬として、平和のアイコンとしての家をイメージさせたことがとても興味深い。それは建築案を提案するという各々の客観的立場を忘れさせてしまうほど強いアーキタイプの現れなのかもしれない。
このテーマは、解釈によっては二つの意味にとれるかもしれない。一つは木という素材で家をデザインすること。もう一つは、樹木としての木を生活に取り入れたデザインである。どちらの解釈でもよいが、出題者としては、まさに人間が思い描く憧憬の要素に、材料である木、樹木としての木、そして適正あるいは身の丈サイズとしての生活感を表す「小さな」という概念があり、それを組み合わせることで、拡散してゆく多々の建築の概念を共有する暗黙の原点に引き戻したいという意図があった。
窓越しに見える樹、眼前の画角に占める木質の表面の割合がどれほど人々の心に安らぎをあたえてくれるかの価値を、都会では誰もが自覚すらできなくなってしまった。その感覚の劣化に「気付き」のような達観を与えてくれる刺激のような提案をこのコンペには期待していた。
大賞となった村井勇介君の提案は、複雑に入り組んだかのように見える単純な木質の矩形が、住居としての個々の細胞となって森のようなひとつの集合体となり、心地よく編集されていた。現実性の高いものとして評価した。入選した石田拓己君の作品は朽ちてゆく家の中に小さく住む、朽ちることを生活のテクスチャーとして捉えた視点が面白かった。日野晃太朗君の作品は小さな家全体を大きな一本の樹の鉢のようなものにしてしまうという大胆な発想だったが、考えて切れば屋上に上るとそこが大きな樹の根元であるということの心地よさが意外と小さなスペースで実現できるかなと思えてしまう。木村友彦君の作品も屋根の上に居る心地よさと住空間を混ぜた生活の感触をうまく取り入れたものだった。優秀賞となった菊本貴暁君のデザインは内側の木質の壁のコーナーをRで繋ぐことで、エンドレスな木肌に包み込まれたような感覚をえる空間を提示していたことが単純で美しい提案だった。同じく優秀賞の木下領君の作品はバルコニーやデッキのような通常、家の外側に飛び出した場所を単純な家のアイコン的箱の中におさめた大きな出窓のようなものにしてしまおうというものだったが、面白いと思った。表彰対象作品にはならなかったが目に留まった作品を「選外佳作」とし、冒頭で触れた人々の憧憬の思いを具体化した作品として本誌に掲載した。いずれも心やさしい提案だった。
物理的な空間あるいは面積の価値を、エモーショナルな価値としての樹木や木質の空間に置き換えられるのは、真の価値への気付きである。建築家が人々に与えられる価値はその気付きであり、見えない共有の憧憬のイメージを形作ることである。このコンペが少なからずその価値を提供できたことを参加者と共に喜び、分かち合いたい。