研究報告要約
調査研究
29-107 改井 陽一朗
目的
レーザダイオード(LD)から放たれる光は,特有の高い収束性と指向性を持つ.このような特性は,医療機器・測定機器・情報通信機器など,高密度かつ収束光が必要な場面で広く使用されている.しかしLDは,発光ダイオード(LED)や白熱電球と同じ光源でありながら,①コストが高いこと,②電源や制御回路などを含めた照明器具としてサイズが大きくなること,③光の取回しが難しいことなどにより,一般的な住空間照明としてはほとんど使用されてこなかった.我々は,LED照明の高出力時における効率低下問題が顕在化する中,LDの持つ高出力時に高効率を維持できるという有用な特徴を活かして,先に述べた特殊な用途だけでなく,一般照明として活用するために必要な,上記の①~③に挙げられる問題を解決すべく,日夜研究を推進している.
本提案は,平成26 年度貴財団調査研究助成による研究「建築と照明との相関に基づいた,配光および照明器具システムの新たな技術開発」の後続研究である.これまで我々は,LD 光を用いて実用的な照度や色味を有するタスク照明を実現できることが明らにし,実際にLD光を用いたタスク照明器具の開発に成功している.本研究では,残る問題となる上記③,すなわち,光ファイバ端から出力される光の取回し(結合・拡散・導光)を自在に制御することに課題を設定し,本システムの実用的な完成を目指す.これによって,従来の照明器具にはない自由度の高い意匠性,さらには容易なメンテナンス性を有する新しい照明器具の実現が可能性を示す.
なお,レーザ光および光ファイバを利用する事で,(i) 配光部(実際に,白色を呈する部分)に電気的要素が無いため設置場所の自由度が高まる(防水加工を施さずに水中に入れる等),(ii) 配光部の発熱を抑制できるため,照明器具素材及び配光部周辺の構成要素に熱による劣化をもたらさない.これらは器具寿命を延ばすと同時に,これまで熱への耐性が乏しいため照明器具用途に不向きとされてきた素材・建材の使用や設置が可能になることを意味する.さらに,(iii) 配光部に電源がなく,大元の光源であるLD を別の場所で一元管理が出来るため,冷却・メンテナンスが容易,(iv) 光の伝送路及び照射部はファイバであり,既存照明の近傍にある電源やトランスといった物理的な大きさを持つ要素を必要としない(すなわち配光部を小型・薄型にできる)ため,照明意匠はもとより,建築空間にも今までにない設計の自由度を付与するなど,多くの利点が期待できる.
内容
発光ダイオード(LED)に比べ,高出力動作時の効率を高く設計できるレーザダイオード(LD)を活用した,新規照明器具を開発する.具体的には,レーザ光を導光するファイバを配光素材に簡便に設置するために必要なアタッチメントの新規設計と試作を行う.また,これを用いて,レーザ光を均一に拡散させ,空間及び照明素材に適切に導光もしくは照射させることができる,意匠性の高い照明器具を開発する.
方法
光ファイバ端から照射されるLD 光の制御技術の開発,および光ファイバと配光素材のアタッチメント設計を行う.以下に,その詳細を記述する.
3-1.光ファイバ端から照射されるLD 光の制御技術の開発
波長変換部(蛍光体塗布面)に励起光(LD 光)を当てて白色を作り出す発光原理は従来のLED 照明と変わらないが,LD 光は指向性の高い収束光であるため,エネルギーの効率的な伝送には適しているものの,そのままでは蛍光体面を突き抜ける危険性がある.また同様の理由から,蛍光体面に光を均一に当て,励起光色と蛍光体発光色を混色する際に,演色性の低下と色ムラが発生しがちである.そこで配光部に工夫を凝らすことにより,LD光を効率良く適切に拡散・導光させる技術を開発する.
3-1-1.アクリル材
これまでの研究で作製したLD光源において,特に線光源型の配光部は,凹型アクリル角棒の溝にYAG蛍光体を塗布した構造を持つ.その他の面は無加工ですべて透明であり,Fig.1に示すとおり蛍光体塗布面以外にアルミホイルを巻いて光を拡散させる工夫を施したが,アルミホイルの光の平均反射率はおよそ83%とそれほど高くなく,また,アクリルとの完全接着が困難であるため隙間も多く,LD光を効率よく蛍光体塗布面に到達させることが出来なかった.またアルミホイル自体が機械的に脆いので,作製過程における作業性もあまり高いとは言えなかった.
この問題を解決すべく,アクリルに研磨と白色塗装を行った.今回は蛍光体塗布面積の違いによる明るさの比較と,①10 mm角で長さ500 mm,②20 mm角で長さ500 mm,③凹型10 mm角で長さ500 mm の3種のアクリル角棒を利用して配光部を製作した.具体的には,まずFig.2に示すとおり透明のアクリル角棒の表面を加工してすりガラス状にすることで光の拡散を促し,その上で白色塗装を行うことで光を外に漏らさず,かつアクリル角棒内でLD光を低損失にて均一化させる.尚,白色塗料は市販品である室内用高拡散反射塗料「アカルクス」で,拡散反射率が95%と最も高いカラーを使用した.
これにより後述のアタッチメント設計での効果も含め,離隔距離700 mm(一般的にダイニングテーブルで用いられるペンダント照明が,700 mm離れた机上にて照度200~500 lxを有することを目安として開発されているため)において最も明るい所で①340 lux,②300 lux,③199 luxと,目安内の照度を確保出来た.Fig.3の通り非常に明るい.また一般的な室内壁面用塗料なので一度乾いてしまえば手に持った程度では塗料が剥がれ落ちることもなく,保存や使用時に特別な処置は必要ないため,取り扱いが非常に楽になるなど改善が見られた.アクリル角棒3種の製作手順を以下に記す.
①10 mm角で長さ500 mmのアクリル角棒
アクリル角棒全面を# 120のサンドペーパーで荒く削った後,# 400のサンドペーパーで仕上げ削りして表面をすりガラス状に加工する.
蛍光体を塗布する一面をマスキングテープで覆い,アカルクスの下塗り材を塗布.下塗り材は水道水で5%の希釈を行い,刷毛で手塗りし5日間乾燥させる.
下塗り材の乾燥が終わった後,アカルクス上塗り材を2回に分けて塗布.希釈は無しで刷毛で手塗りし,1回目の塗布で2日間乾燥させたのち,同じ手順で2回目を塗布.
マスキングテープを剥がし,アクリルと蛍光体を接着させるため,蛍光体塗布面にプライマーを適量下塗りし,室温(23度)で15~30分乾燥させる.
プライマー乾燥の後,二液型シリコーンAを5 g,Bを5 g,YAG蛍光体0.8 gをそれぞれ混合し,自動撹拌機にて公転500 rpm,自転200 rpmで2分撹拌,出来上がった混合液をシリンジによって蛍光体塗布面に自重で広がるに任せ満遍なく滴下する.滴下量は3.6 mlを2回に分ける.
シリコーンの推奨硬化条件(室温23度,24時間)環境下にて完全に硬化させる.
②20 mm角で長さ500 mmのアクリル角棒
アクリル角棒全面を# 120のサンドペーパーで荒く削った後,# 400のサンドペーパーで仕上げ削りして表面をすりガラス状に加工する.
蛍光体を塗布する1面と,端面のFCコネクタ取り付け部分をマスキングテープで覆い,アカルクスの下塗り材を塗布.下塗り材は水道水で5%の希釈を行い,刷毛で手塗りし5日間乾燥させる.
下塗り材の乾燥が終わった後,アカルクス上塗り材を2回に分けて塗布.希釈は無しで刷毛で手塗りし,1回目の塗布で2日間乾燥させたのち,同じ手順で2回目を塗布.
マスキングテープを剥がし,アクリルと蛍光体を接着させるため,蛍光体塗布面にプライマーを適量下塗りし,室温(23度)で15~30分乾燥させる.
プライマー乾燥の後,二液型シリコーンA10 g,B10 g,YAG蛍光体1.8 gの混合液を,自動撹拌機にて公転500 rpm自転200 rpmで2分撹拌し,出来上がった混合液をシリンジを使って蛍光体塗布面に自重で広がるに任せ満遍なく滴下する.滴下量は3.6 mlを4回に分ける.
シリコーンの推奨硬化条件(室温23度,24時間)環境下にて完全に硬化させる.
③凹型10 mm角で長さ500 mm のアクリル角棒
アクリル角棒全面を# 120のサンドペーパーで荒く削った後,# 400のサンドペーパーで仕上げ削りして表面をすりガラス状に加工する.
蛍光体を塗布する凹の溝部分に紙粘土を埋めてマスキングし,アカルクスの下塗り材を塗布.下塗り材は水道水で5%の希釈を行い,刷毛で手塗りし5日間乾燥させる.
下塗り材の乾燥が終わった後,アカルクス上塗り材を2回に分けて塗布.希釈は無しで刷毛で手塗りし,1回目の塗布で2日間乾燥させたのち,同じ手順で2回目を塗布.
紙粘土を取り除き,アクリルと蛍光体を接着させるため,蛍光体塗布面である溝にプライマーを適量下塗りし,室温(23度)で15~30分乾燥させる.
プライマー乾燥の後,二液型シリコーンA5 g,B5 g,YAG蛍光体0.8 gを自動撹拌機にて公転500 rpm自転200 rpmで2分撹拌し,出来上がった混合液をシリンジを使って溝に滴下する.滴下量は3.6 mlで1回.
シリコーンの推奨硬化条件(室温23度,24時間)環境下にて完全に硬化させる.
3-1-2.和紙
和紙を利用した円形の張り子を作製し,その内面にLD光を照射することで拡散反射させる方法を取った.これは全ての面で角度が付く球形にLD光を反射させることでより効果的に拡散させることと,ぼんぼりのような実際の照明器具に近づけるためである.アカルクスを使用するタイプ①と使用しないタイプ②を作製した.風船縛り口あとの穴からLD光を内部に照射した.和紙の風合いや色紙の効果により,Fig.4に示すとおり温かみのある色を実現出来た.
張り子①および②の製作手順を以下に記す.また使用した和紙の種類をFig.5に示す.
①アカルクス有り
直径約20 cmほどに膨らませた風船をクランプに吊るし,風船縛り口の周囲を少し残して,手で適当な大きさ・形に千切った新丸子を風船全体を覆うようにして水貼りし,下地を作る.
水と1:1の割合で希釈したフエキノリを用意し,刷毛を使用して下地に更に和紙を貼付け全体を覆う.この作業を合計3回繰り返す.1回目は新石州(白口)中厚,2回目は楮紙(特)7匁,3回目は黒谷チリ仙貨薄口6匁を使用.
五日置いて完全に乾燥させ,風船の空気を抜いて中から取り出す.
アカルクス(上塗り材)30 gと蛍光体2.4 gを手混ぜで混合し,撹拌機で泡取りのみ行った混合液を2カップ用意する.
風船縛り口あとから4.の混合液を流し入れて,張り子を回しながら広げていく.
二日置いてアカルクスを乾燥させる.
②アカルクス無し
直径約9 cmに膨らませた風船をクランプに吊るし,風船縛り口の周囲を少し残して,木工用ボンド20 gと蛍光体1.6 g,希釈水10 mlを手混ぜし,撹拌機で泡取りした混合液をハケで風船全体にムラが出来ないよう均一に塗布する.
手で適当な大きさ・形に千切った新丸子を,風船全体を覆うようにして水貼りし,下地を作る.
水と1:1の割合で希釈したフエキノリを用意し,刷毛を使用して下地に更に和紙を貼付け全体を覆う.この作業を合計3回繰り返す.1回目は新丸子,2回目はもみむら染め B48,3回目は雲龍紙楓を使用.
二日乾燥させ,風船の空気を抜いて中から取り出す.
3-2.光ファイバと配光素材のアタッチメント設計
LD 光を利用する事で配光素材の選定の幅が広がる反面,結合の仕方においても多様な素材に対しする容易かつ効率的なアタッチメント方法を検討する必要がある.本研究ではLD 光源のファイバ終端にFC コネクタタイプとフェルールタイプの2 種類を採用する事によって,柔軟かつ汎用性の高い結合技術の開発を目指す.
3-2-1.FCコネクタ
これまでに制作した光源は光ファイバの終端部分が配光部から離れていたため,設置時に光ファイバ終端とLD光の配光部への入射位置を合わさなければならず,また配光部との間に空間が出来ることで人や物が間に入る危険性を持ち合わせ,非常に取り回しが悪かった.そこでFCコネクタと連結可能な15 mm角のFC形レセプタクルを使用し,配光部と光ファイバをつなぎ止める方法を取った.このFC形レセプタクルは配光部に対して4点をネジで止める固定方法なので,ネジ穴さえ開けられればどのような部材にも取り付けることが出来る.具体的にはFig.6で示すとおり2.で制作した①のアクリル角棒端面にドリルでネジ穴を開けFC形レセプタクルを取り付け,光ファイバ終端のFCコネクタと連結した.光ファイバと配光部が物理的に固定・一体化されたことで設置が容易になり,LD光の照射線上を人や物が遮られてしまう危険も無くなった.またLD光が余すこと無く配光部に照射されることとなり,結果的に照度の向上にも繋がった.
3-2-2.フェルール
Fig.7に示した一方がFCコネクタ,一方がフェルールのパッチコードを使用することで,現在のLD光ファイバ終端にフェルールを採用することを可能にした.このフェルールは長さ約6 mm,径は約2 mmの鍔付きSUS製である.上記レセプタクルを使用した配光部との固定方法では,ネジ穴を開けるために最低20 mm以上の面積が必要となるので配光部に多少の大きさが必要となるが,このフェルールタイプなら約2.5 mm径の穴が開けられる面積さえあれば良いので,配光部のサイズを小さく出来るメリットがある.2.で制作した②と③のアクリル角棒の端面にはレセプタクルを使用することは出来ないが,このフェルールタイプであれば,ドリルで約2.5 mm径の穴を開けるだけで差し込むことが出来る.Fig.8に連結の様子を示す.
研究の方法 図版資料
Fig.1:アルミホイル被覆での点灯試験
Fig.2:研磨~アカルクス塗布~蛍光体塗布まで
Fig.3:アカルクスを塗布したアクリル角棒の点灯試験
Fig.4:和紙張り子での点灯試験
Fig.5:和紙の種類
Fig.6:FCコネクタ連結部分
Fig.7:一方がFCコネクタ,一方がフェルールのパッチコード
Fig.8:フェルール連結部分
結論・考察
4.結論
透過率が高く加工が容易なアクリル材,高反射塗料であるアカルクス,加工が容易でデザイン性も併せ持つ和紙,反射を起こしやすい球形の張り子を利用した,光ファイバ端から照射されるLD光の制御技術開発を行った.また,FCコネクタ,フェルールを利用したファイバと配光素材のアタッチメント設計開発を行い,照度向上・配光部およびLD光源本体の取り回しが改善することを確認した.
5.今後の課題
本研究において次の課題を見出すことが出来た.
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(1)点・面光源への光拡散,アタッチメントの応用.
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(2)LD光源の特色を活かした分岐光ファイバでの運用.
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(3)建築空間への適用.
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(4)演色性の向上.
英文要約
研究題目
We develop a new lighting equipment that utilizes a laser diode (LD) which shows high efficiency at a high-power operation compared with a light emitting diode (LED). Specifically, we design new attachment to conveniently install a fiber guiding LD to a light distribution material. We will also develop the lighting distribution unit to uniformly diffuse the LD light, and realize the lighting equipment with high designablility that achieves appropriate light guide and illumination to the dwelling spaces.
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Yoichiro Kai, Kyoto University Graduate School of Engineering, Assistant technical staff
本文
An acrylic material with high transmittance and easy processing, a highly reflective paint Acalcus, Japanese paper with easy processing and Japanese design, and a spherical paper roll with high reflection, were used and evaluated as to control the LD light irradiating from the optical fiber. We have also developed the attachments to connect the fiber and the light distribution units, and confirmed the improvements of the illumination and handling of the LD light source and the light distribution units.