研究報告要約
在外研修
4-303
目的
安達 麻耶
建築の分野においてパブリックの概念は当たり前のように議論されるのにも関わらず、そこで想定され
る「一般的な」人間は特権的な姿であることが多々ある。例えば、そもそも住む場所を選ぶことのでき
る人は地球上で一握りであるのに、贅を尽くした建築家のアイデアが住む場所を選べない人のために使
われることは圧倒的に少ない。また、(とりわけアメリカの)建築教育の現場を振り返ってみても、当
たり前のように建築や建築のリプレゼンテーションについて視覚一辺倒の議論がなされる。この現状が
生む問題点は、無意識のうちに建築に意見できる人口を制限し、建築の現場や教育が一部の人々に排他
的になっていることに留まらない。この結果、建築内における視覚以外の身体的感覚、そして心理学的
な議論が成熟しておらず、建築家が個々の主観でマニフェストのように用いているように見受けられる
。
このような背景から、本在外研修では、住む場所の選択肢が少ない人々(例えば収入、障害、法などに
より制限されている人々)がアクセスできる豊かな住環境とはどのようなデザインなのかを模索する。
具体的には、以下2つのフォーカスがある。
1) AIやセンサーテクノロジーなどのデジタル技術を用いて、インクルーシブな建築を捉え直す
心理学的データや視覚以外の五感にまつわるデータの不在を、第一歩としてセンサーなどのデジタル技
術で埋めていくことができるのではないか、と考えるようになった。そしてこれらのデータをリアルタ
イムで建築に反映させることで、個々人にカスタマイズされた住空間を低コストで実現できる仕組みに
発展させられる可能性を探っていく。
2)デジタルの力に頼らない方法でも、ローコストで豊かな住宅を模索する
大学生の時に子どもの貧困問題に携わるNPOでインターンをして経験から、技術の実装まで待てないとい
う焦りもある。建築を勉強し始めて間もないということもあり、デジタル技術にこだわらなくとも広い
視野で柔軟に、ローコスト、アクセシブルな住環境を考え続けたい。
内容
• Responsive Environment (2022)
私とプロジェクトパートナーは、採光のないコンクリートの空間にプロジェクターを用いて人工的な窓を作り出し、異なるスキームにいる隔てられた「ふたり」の交流を促す作品を創り出した。この「ふたり」というのは、はじめはその観客以前に窓の前にいた他者の影と自身のリアルタイムの影の交流なのだが、次第に数分前の自身の影とリアルタイムの自分の影へと変化していく。窓は大学のあるケンブリッジの街並みに特有の様式で、窓の内側で時間を過ごす「守られた人」と、その外で毛布にくるまりながら大半の時間を過ごす「守られていない人」の隔たりと冷たい視線だけの交流からインスパイアされている。この作品で、窓は隔たりともコネクターともなり得る装置、影は二者の抽象度を可能な限り高め、二つの異なるスキーム(例えば階層、年齢、時間、性別など)のイコライザとしてはたらく。窓というエレメントを通して、無意識に許容している建物による隔たり、特権を炙り出しつつ、実はそこにはシームレスな交流があってもおかしくないことを影を用いて示唆している。また、他者の影が次第に自分の影へと変わったときに、隔たりは完全に思考の中にしか存在しないものとなる。
• Neural Bodies (2023)
建築内でのアクセシビリティの問題、また視覚以外の人間の感覚に興味のあった私と私のパートナーは、建築の形態、物質性、そして聴覚をテーマに作品を模索していった。しかし開始早々に致命的な障壁にぶつかる。AIに学習させるためのデータセットに、聴覚情報を扱っているものが見つからない。また、AIをデザインに応用するためのソフトウェアの多く(授業で扱うソフトウェアの中ではすべて)が、画像を扱うことに特化していたのだ。一つ目の問題点、聴覚と空間の関係性が確認できるような如何なるデータセットも見つからないことについては、自分たちでデータセットを用意するという茨の道をすすむことになった。これは、AI+建築デザインの分野の中で、どのようなトピックが未開拓なのかという勉強になったと同時に、視覚一辺倒な建築教育の現状をさらに裏付けるもののように感じた。具体的には、数10種類の屋根の形状、部屋との関係、壁と屋根の物質性との組み合わせから、数百種類の空間をモデリングし、その中でのsound
particle(架空の音の粒子)の動きをシミュレーションした。これらのデータセットを3dのジオメトリーへ、そして2dのデプスマップへと変換して画像としてAIに学習させる方法をとり、音環境から建築物を、または建築物から音環境を推定させることとした。これは、取り組みとしては斬新だったものの、正確性には疑問が残るものとなった。しかしクラスの趣旨としては正確性よりも、これらの生成データにインスパイアされた建築(らしきもの)を作ることに重きが置かれていたので、学期中にはデータの正確性は突き詰めなかったが、個人的には物足りなさを感じた。このように、客観的(っぽい)データを個人のひらめきや感性に委ね、さらにAIに委ねていくという手法に、アートのプロセスとしての面白しさは感じつつ、建築として起きていいことなのかと悩んだ。最終的には、大学院の建物であるガンドホールを音の情報に書き換え、一般的な地図では伝わらない場の雰囲気や響きを触覚で読み取れる新たな種類の地図を3dプリンターを用いて作成した。これは、AIを使って生み出されるものが、建築に新たな解釈を生み出したり、より幅広い層の人々に建築を伝えるために使われることには賛成するが、実際に建物になってしまうことは建築分野でのAIの使い方としてはふさわしくないのではないか、という意思表示でもあった。
• 設計課題:オフィスビルを集合住宅へとリノベーション (2023)
はじめの数週間は、敷地のオフィスビルとは異なる、小さいスケールのオフィスビルに、過去の有名な集合住宅のストラテジーを応用してリノベーションする訓練を行なった。その後、敷地での設計に取り組むと同時に、炭素、coop的住宅、リノベーション、ディベロッパーとの関係などのテーマに基づいて、ディスカッションが行われた。
私とプロジェクトパートナーは、敷地が近い将来(100年以内に)3年に一度の割合で洪水になり得る地域にあること、新鮮な農作物や緑へのアクセスを現地の方々が望んでいること、ボストンで一番移民の多い地域であることなどを起点に、都市農業と食文化の再興を通じて、程よい塩梅の市民交流を促す集合住宅を提案した。具体的には、以下のような改修を考えた。
o アスファルトが敷き詰められた敷地いっぱいの駐車場を掘り起こし、一階部分も床を取り払ってピロティにする。(これは、現建築物が洪水に備えた布基礎であることにより可能である。)これにより、敷地は浸透性の高い地面へと変化する。近い将来、各敷地で雨処理を求められることを予測しての対応である。
o 掘り起こした土の配分により敷地面に高低差をつけ、高い部分には耕作可能な段々畑を、低い箇所にはパブリックがアクセスできる公園兼池(洪水時)を設置する。畑と公園の間にはレインガーデンが設けられ、間接的に公園から農作地へのパブリックの侵入を防ぐ。段々畑の最上位の耕作地がオフィスビルの二階部分に侵入(slip-in)
するようにデザインされることで、住民にとっての第二の地面を創出する。俯瞰図でモンドリアンのコンポジションのように見える高低差とプログラムの異なる地面・水面は、(屋根から集めたものも含めた)雨水を重力を借りて水耕農業に用いるシステムに基づいている。
o オフィスビルの最大の問題点、日光の入らない奥行きの深いフロアプレートに対処するため、各建物に階段状の中庭を入れ、農作地へと緩やかにつながる。中庭には個人レベルの家庭農園が設けられ、農作地もまた集合住宅にslip-inするのである。
o 中庭の周りに各部屋のキッチンを配置する。キッチンカウンターは各部屋にとどまらず、隣のユニットや中庭までslip-inする。このslip-inしたキッチンカウンターは、中庭でのテーブルとなったり、取り立ての農作物を洗ったりする場となる。この中庭ではキッチンまでが土間であり、交流の場である。気候的にも、キッチンは外と内の中間であり、キッチンと中庭をつなぐ壁は貯蔵庫となっている。中庭に集まった各々のキッチンを一つの大きなシェアキッチンにしなかったのには、ひとユニットひとキッチンに多様性を担保するエンパワーリングな可能性を感じたから、そして交流の度合いが0か100かのシェアキッチンとは違い、住む人の性格によりグラデーションをつけやすいからである。食にまつわる雑多な道具、音、そして匂いが中庭を通じてシェアされる。
o 各ユニットは、既存の柱グリッドを3等分した、約3mx3mのグリッドの組み合わせによって成り立っている。このグリッドの設置により、何もかもが大きくオフィス感の強かった空間がドメスティックなスケールの空間に変容し、また多少入り組んだ各ユニットの輪郭も気にならなくなる。この3mx3mのグリッドに沿って梁が新設され、各入居者のニーズに沿って低コストのSIPパネルを用いた、フレキシブルな壁が設置される。プレハブの3種類の幅の壁により、個室も広めのリビングルーム等も可能になり、また低コストで様々なニーズに応じたユニットを用意できる。グリッドによって可能になった入り組んだユニットと、中庭がエレベーターや階段とつながっていることによって、廊下のない集合住宅が可能になり、これもまた住居の低コスト化に役立つ。
方法
デジタルメディア関連のプロジェクト
• Responsive Environment (2022)
Allen Sayegh (https://www.gsd.harvard.edu/person/allen-sayegh/) 教授のResponsive Environment
を受講し、センサーテクノロジーを用いた建築の拡張を実験するインスタレーションアートの制作を行
った。彼の研究室では、建築環境の研究やデザインで見過ごされている情報をデジタルデバイスを用い
て拾い上げ、人々に認識可能な情報に(詩的に)転換し提示する研究、作品制作が行われている。
• Neural Bodies (2023)
Andrew Witt (https://www.gsd.harvard.edu/person/andrew-witt/ ) 教授の Neural Bodies
のクラスでは、建築および生態学的・生物学的なデータセットを用いて、AIに学習させ、新たなquasiarchitecture(建築、に似たもの)をデザインするという課題が課された。
デジタル技術を必ずしも多用しないローテクノロジーのプロジェクト
• 東南アジアでのフィールドワーク(2022-2023)
Harvard Asia Center
の奨学生に選出していただき、マレーシア、インドネシア、香港の三地域を合計一か月ほど訪れ、各地
域の informal settlement
と呼ばれる厳密には違法な住居群と、ヴァナキュラーな建築、そこでの現地の方の生活の様子を観察し
た。
• 設計課題:オフィスビルを集合住宅へとリノベーション (2023)
Grace La (https://www.gsd.harvard.edu/person/grace-la/)
教授のもと、ボストンの工業地帯、チェルシーにある、1980年代に建てられたアメリカ郊外の典型的な
オフィスビル群(四棟、3~5階建て、駐車場を取り囲んでいる)を集合住宅へとリノベーションする設
計課題に取り組んだ。
結論・考察
デジタルメディアのクラスから得た最重要の気づきの一つは、デジタルテクノロジーを意匠設計のプロ
セスの終盤に用いることへの疑問、そしてその行為の生む建築分野の中での分断である。デジタルメデ
ィアを駆使したこの手の研究をしている教授たちと、意匠設計を教えている教授との間には残念ながら
交流があまりない。建築の分野は最新のテクノロジーの介在が圧倒的に遅いという議論はよくなされて
いるが、遅いという以前に(言葉にして否定はしないものの)それはそれ、これはこれ、と無関心に拒
んでいるというような印象だ。その拒む理由の一つに、所謂「デジタルっぽい」aesthetic、表現方法が
似通っていること、そしてそこにデザイナーの介在の余地がないこと(なさそうに見えること)がある
と感じた。これは、急進的なプロジェクトであればあるほど、デザインの終盤に近いプロセスを人間で
ないものに任せたり、また人間のデザインするものとの差別化を図るための戦略としてわかりやすいデ
ジタルらしさを強調するからだと推測される。また、この様なデジタルテクノロジーを駆使した設計方
法に従事する学生や教授の中には、人間のデザインする力への強い不信感が根底にあり、それは作品に
もあまりにもラディカルに反映されている。
加えて、科学的なデータからいつどのように飛躍して自身の想像力と経験に頼っていくのが適切なのか
という新たな疑問も生まれた。とりわけ、膨大なデータから科学的、もしくはAI的な最適解を見つけ出
すような訓練をした後には、そのような「最適解」の組み合わせが多くの人から愛されるような建築に
なるわけではないということにも(今更ながら)気づかされた。全ての人の好みを平均化すると面白味
の欠けたものになる、というのと似た話である(当たり障りのないもので何が悪いのかと言われてしま
えばそれまでなのだが)。これらのデータは一定以上の適解のオプション創出に使われるべきであって
、建築家、空間のプロは想像力を用いてそこから(論理的な)リープをしなければならないのかもしれ
ないと考えるようになった。個人的な経験ではあるが、この人間による想像力のリープがあるのかない
のかを、まだ人間は嗅ぎつけ感じてしまうように思う。
もともとは、AIや人感センサーを駆使したアプローチで、低コストで中で過ごす人に寄り添った建築を
つくることが第一目標であり、それが実装可能になるまでの間の設計のために、デジタルの力に頼らな
い方法も勉強しなければと考えていた。しかし、科学的な最適解で導き出している建築にも疑問を持つ
ようになった今、改めて(滅多にないが、ほんの一握りの)鍛え抜かれた人間の想像力に希望を持つよ
うになった。
英文要約
研究題目
Architecture for “marginalized” populations -reconsidering living environments for people
who do not have a choice of where to live
With a background in psychology, environmental science, and programming, Adachi has been
exploring how the idea of responsive environment can transform the living conditions for
marginalized populations specifically in the field of architecture.
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Maya Adachi
Master of Architecture candidate at Harvard Graduate School of Design
本文
The field of architecture has been unconsciously blind to the fact that their definition of
human tends to fall into the category of “privileged.” This is not just about privilege in
terms of financial issues. Nothing has been much updated since Le Corbusier’s scale figure,
other than some changes due to the external force of legal guidelines, which is unfortunately
considered as “burden” by many architects. Topics of mental health have been rarely
discussed, nor even physical disabilities in architecture and architectural education. Among
the five senses, vision is by far favored by architect and other senses are disregarded
completely in architectural education today. In this way, despite the frequent theoretical
discussions about public, architects have been senseless to such marginalized populations.
One proposition for the issue is to explore the notion of responsive environment through
digital technologies such as wearable sensors and AI. Through the digital media courses at
GSD, Adachi explored how invisible factors in architecture are translated into another
substance to 1) aid accessibility issues and 2) raise awareness of marginalized living
conditions often ignored by architects. The project “Sound Topography” with Juan Fernandez
Gonzalez studied the sonic properties under various roof types, which eventually became a
dataset for translating atmospheric qualities sensible by auditorial information to tactile
maps. The auditorial information starts to reveal not only geometrical qualities but also
materiality of architecture. With Song Dong, Adachi also developed an installation that
visitors in different schemes (schemes refer to different living conditions, time, and so
on...) virtually reconnect through their avatar, shadows.
In addition to the research with such high technologies, more anthropological methods such as
behavioral observation are utilized in her travel fellowship in Southeast Asia, which enabled
her to visit informal settlements autonomously created by non-architects.