研究報告要約
調査研究
31-117
目的
植木 啓子
本研究は、2014年10月に発足したインダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクト(IDAP)の一環として、2019年度において主要テーマとして設定した住宅建材及び設備を中心に、関西の戦後デザイン史にかかる情報と資料を収集、分析するものである。
IDAPは、家電製品を中心とした工業デザイン製品を、戦後日本のライフスタイルや社会行動、価値観をかたちづくってきた重要な構成要素のひとつと考え、その記録(製品情報)と記憶(オーラルヒストリー)を集積することによって、新たな視点による分析・研究を誘発し、未来に資するさまざまな活用を促進することを目的としている。つまりIDAPは、情報のプラットフォームの形成と、そのプラットフォームがどうあるべきかを研究することを主眼としており、本来、その集積された情報の活用によるデザインの分析や研究自体を含むものではない。
またIDAPの視点は、工学的な意味や技術としてのデザインではなく、基本的には、所与の技術や機能に形を与え、造形的な質の差異を生み出す「デザイン」に置く。しかし、素材・材料や表面加工の発展や変化については、それが社会や生活の変化や価値観の表出でもあり、「デザイン」を可能にする要因・条件でもあるため、本研究では技術的な側面も含めて注目し、情報収集を行う。さらに、造形的な質の差異を生み出す「デザイン」に注目しながらも、一般的に「デザイン性」と呼ばれる審美性の評価を情報として示すことに重要性を置かない。「デザイン」という言葉は、デザイン性の高低という表現等をもって、新奇性や審美的な価値を形容するために使用される傾向にあり、加えて「デザイン」の記述は、製品総体における技術、機能や操作と造形の合理的な融合や調和よりも、「作家性」や空間・製品を媒体とした生活スタイルの表現、造形的な独創性などに軸足を置く傾向にある。つまり、本来デザインが意味するところとその言葉の一般的な使用やイメージには、固定された乖離が見られる。
IDAPの試みは、言葉として、そして行為としてのデザイン自体を再考する機会を生み出すものでもあり、特にインフィル分野における情報収集はその機会を大きく広げるものと考えている。2019年度は、2017-18年度に実施したインフィルの全体のコーディネートシステム、システムバス、突板化粧合板の情報収集と検証を引継ぎ、厨房設備とプリント化粧板について情報収集と検証に取り組むものである。
内容
本研究の内容及び方法を以下にまとめる。
1. オーラルヒストリーの収集と整理
①オーラルヒストリーの整理と編集
2018年度までに聴取したオーラルヒストリー6件の整理を実施し、編集作業と継続的な収集にあたった。
坂下清氏|シャープ株式会社(整理・編集)
奥田充一氏|シャープ株式会社(整理・継続)
市川邦治氏|松下電工株式会社(現:パナソニック株式会社)(整理・編集)
飯田吉秋氏|松下電器産業株式会社(現:パナソニック株式会社)(整理・継続)
小林亜夫氏|大日本印刷株式会社(整理・編集)
鈴木好明氏|松下電器産業株式会社(現:パナソニック株式会社)(整理・継続)
②オーラルヒストリーの聴取
2018年度からの継続及び2019年度新規を含め、オーラルヒストリーの聴取にあたった。
鈴木好明氏|松下電器産業株式会社(現:パナソニック株式会社)
島崎喜和氏|キッチン・バス工業会
松下電器においてテクニクス開発にあたられたOB各位4名
なお、年度末に予定されていたシャープ株式会社、三洋電機株式会社及びインターナショナル工業デザイン株式会社OB各位への新規聴取は、新型コロナウイルス感染防止対策により延期とし、あらためて2020年度の実施とした。
2. 工業デザイン及び建築アーカイブの周知を目的としたトークイベントの実施
IDAPの活動は地道な情報収集が基本であるが、その基本活動のみでは工業デザイン及び関連する建築文化のアーカイブ構築の社会的・文化的意義の周知には至らないため、毎年、シンポジウムやトークイベントという形式で、一般市民を対象とした公開イベントを実施している。2019年度の実績内容は以下のとおりである。
①「都市の記憶:建築アーカイブをめぐって」
2020年1月24日|会場:アートエリアB1
登壇者:
高岡伸一氏(近畿大学建築学部准教授/大阪市立大学都市研究プラザ特別研究員)
齋藤歩氏(京都大学総合博物館特定助教)
秋山卓也氏(大阪大学知的基盤総合センター准教授)
佐藤守弘氏(京都精華大学デザイン学部教授)
松隈章氏(株式会社竹中工務店設計本部企画担当)
参加者数:120名
方法
(研究の内容からの続き)
②「地域×企業 デザインアーカイブをめぐって」
2020年1月24日|会場:アートエリアB1
登壇者:
川原陽子氏(パナソニック株式会社)
関康一郎氏(ダイキン工業株式会社)
矢島進二氏(公益財団法人日本デザイン振興会)
*新型コロナウイルス感染防止対策のため延期|2020年9月オンライン開催調整中
3.アーカイブ用製品撮影
IDAPでは広く一般にアクセスが可能な家電製品のデータベースを構築中であり、その基盤となる基本情報と画像の集積も実施している。2019年度は、パナソニック株式会社が現在保管している旧三洋電機株式会社の歴史的製品の撮影を実施した。製品の撮影にあたっては、表面加工や部品材質の詳細が観察できるよう、製品の2面から6面、時に8面の詳細を記録した。
4.データベースの更新
残念ながらデータベースの更新は、更新事業にかかる人的、時間的制約から顕著な成果に至らず、2020年度にその多くは持ち越されることになった。収集したさまざまな情報は、現在バックログとして保留・蓄積している。情報の収集機会は年々失われつつあり、現状は、手配し得る人的、時間的な資源を収集に優先して投入している。
5.連携
IDAPの継続的な活動は、他所におけるデザインミュージアムやアーカイブの検討や組織化、情報収集の試みのなかで徐々に知られるところとなり、2019年度においては、NPO法人建築思考プラットフォームPLATによる日本のデザインアーカイブの実態調査に協力し(http://npo-plat.org/osaka-nakanoshima.html)、また2020年6月に発行された『アクシス』誌の特集「デザインミュージアムの正解」にかかる取材に応じている。さらに現在、国立大学やデザイン事業を手がける一般社団法人からの連携要請を検討中である。
結論・考察
2019年度における本研究、特にインフィル分野を対象とした活動では、厨房設備とプリント化粧板を主要テーマとして、情報収集と検証に取り組んだ。厨房機器については別途発行予定の報告書冊子に詳述するが、ここではプリント化粧板についての考察を記したい。
プリント化粧板の開発の経緯は、いわば「部品」の開発が「完成品」である製品や空間のデザインの可能性を拡張してきたことを浮かび上がらせる。また、部品も完成品も、社会と生活文化の関係のなかで生産され、流通し、使用されるものであり、ひとつとして閉じられたモノはなく、だからこそ、そのひとつひとつが社会や生活文化を知るための歴史的事実であり資料である。
大きなデザイン史の物語の背景にいまだ横たわる、「デザイナー」という才能にあふれた個人による功績という価値観には、先行者に重きを置き、先行者の功績を普及に導く追随者を陰に留める傾向は否めない。それは「本物」と「偽物」、オリジナルとコピーの優位を固定化する価値観につながっている。しかし、ラウステイァラとスプリグマンがその著書『パクリ経済』で指摘するように、模倣という行為がイノベーションの源泉となり、より多くの人々の生活に、より多くのそしてより良質の製品や空間を届ける結果となっている。プリント化粧板は無垢材や突板化粧板のいわば「偽物」から始まった。しかし、その開発から70年、我々の生活空間はプリント化粧板で成り立ち、また意匠においても製品や空間においても、プリント化粧板は自然素材では成し得ない性能を達成している。このことは優劣の問題ではないし、本物と偽物の立場の逆転を図るものでもない。そもそも、すでにプリント化粧板は「偽物」ではなく、木質化粧板とはまったく異なる別の製品である。我々は、デザインにおいて価値観の所在が偏ることによって失われる歴史上の事実や資料、そしてなによりその開発に払われた多くの知見と創造力の保存ために、アーカイブという価値判断を保留する情報収集の枠組みを活用し、実践した結果を記録し続けるということである。
英文要約
研究題目
Reconsidering Design and Design History:
Case Studies on Industrialized Housing Facilities and Building Materials
produced in Kansai Area, Japan
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Keiko Ueki
Chief Curator (Design)
Nakanoshima Museum of Art, Osaka
本文
Industrial Design Archives Project was formed in 2014 for the purpose of promoting industrial design archives and their network in Japan. Operated by Nakanoshima Museum of Art, Osaka, the Project recognizes industrial design as significant historical influences and cultural resources. The Project collects and archives not only information on industrial design and products, but also oral histories of designers and engineers who were involved in developing them. The Project started focusing on home appliances that have been one of the major industries in Osaka, and now pays much attention to building materials and housing facilities as they have been developed in Kansai area since 1960s. Continuing from the research activities in 2017 and 2018, we tackled new themes and fields, such as kitchen facilities and printed decorative sheets in 2019, and they led us to deepen our understanding of industrial design and illuminated what we should see next.