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研究報告要約

在外研修

30-304

目的

寺戸 佑希

2018年9月より約9ヶ月間進めておりました、Architectural Association School of Architecture における Diplomaコースでの今年度研修完了報告を以下にさせていただきます。「非建築的事象の建築的応用-都市と建築空間、建築空間と人の関係における新たな交わりを探る-」を研修目的として、他分野がどのように建築分野に関わりを持つことができるかについて研究を進めてまいりました。今年度、私は Diploma7という研究室に所属しPlaton Issaias教授とHamed Khosravi教授の指導を受けておりました。研究室の他にも歴史的理論の授業である「埃の事象研究」と「建築分野におけるプレゼンテーション」の授業、構造の授業では「応答性と責任ある建築資材の利用」と素材を掛け合わせることで逸脱した機能を見せる「非凡な性能を持った材料」の授業も同時進行で履修していました。研究室の研究テーマは「北海における建築のあり方」です。私の研究では主に国境の空間的定義、海上における建築物、貿易システムと国際政治的摩擦を背景に建築設計プロジェクトを進めました。

内容

今年1年を費やして作り上げた私のプロジェクトのタイトルは「Extraterritorial Grain Hub:領域を超えた穀物貿易中枢のあり方」。海の代替的使用方法の模索と非領域的空間の新たな提案、そしてそれを利用することで可能となる北海の地形的特性を生かした特異な貿易ルートの提起を行いました。

[海と非領域的空間]
 北海は周囲を湖のように陸に囲まれ、最大水深が最大で100メートルほどの浅い特徴のある地形を持っています。また北海には多くの貿易航路や海底トンネル、再利用可能エネルギーを生み出す風力発電機、石油掘削装置、また漁猟権など領海に関する法律や協定などがあり複雑に都市化しています。まずプロジェクトでは北海の海洋建築物についてスタディを行い、戦時中に建てられた要塞や見張り小屋、現在では領土拡大、砂の抽出、多数の石油掘削装置や再利用可能エネルギーを再拡散する人工島の提案等について学びました。海という場所は今まで油田や漁猟、再生可能エネルギーなどの資源を抽出する場所であり、一方で貿易によって物資を拡散させる場所、また陸での活動空間の拡大が行われる場所であったと言えますが現在ではBIGの提案しているOceanix City やAir+Portなどのプロジェクトのように海洋空間が代替的に使われ、またオランダの海上に浮く牧場は物資の供給の距離を縮めるために海上空間が使用されています。また、歴史的に海洋空間は公海のように規制の少ない国際水域に独立した自治区域のようなものを成立し、海は陸には存在しない自由な空間を秘めています。特に英国周辺で領海の定義が変更される以前に自治国家と主張していたSealandや英国海峡に浮かぶチャンネル諸島のような租税回避地、領海から出て公海に行くことで違法ギャンブルを行うカジノクルーズ、宗教的に非合法ではあるが道徳的避妊処置を行うWoman on Waves、スペイン近くの公海に発展途上国から人を雇い安価な労働賃金で洋服を効率的に生産するZara Factory Ship、戦時中に違法な音楽の配信を行っていた海賊ラジオ等は海の非領域空間を利用することで成り立っています。私は特にこの「非領域」という空間に興味を持ち、国境と国境の間である非領域的可能性について、規制の少ない海をFluid Territory(文化的、物理的かつ政治的に流動的なテリトリー)として捉え、さらなる海上空間の代替的建築的活用について研究を行いました。
 このプロジェクトでは国境は1本の線ではなく、隣接した2カ国が1本ずつ所有する2本の線で構成されていると定義し、さらにこの2本の間には中間空間が存在し、この空間は一つの国に所有されず複数の国に属すもしくはすべての国に属する中性的空間であり、人々が住むことで空間は生き始め、国境を超えた国際協力を促進する場になることができるのではないかと提案しました。この中性的空間は居住空間として陸に存在する場合、ヨーロッパでは無法地帯として移民が住んでいる地域があり、自由な空間である一方で国という自治体から放棄された消極的空間として扱われています。私はこの空間を積極的に使用することで国際協力の場として活用できるのではないかと考えました。敷地である北海は他の太平洋などの大きな海に比べて沿岸国7カ国の領海によって構成されており、このプロジェクトでは北海の中央部分に小さな非領海区域を作り7カ国が平等に空間を共有するスペースを設けます。この提案は現在北海で進行中のNorth Sea Power Hubと言う風力発電の電力を北海の中央に埋め立ての島を作ることで効率的に再拡散するという計画と似た敷地選定のコンセプトです。また排他的経済水域は法律上所有国が交渉によって非領域を設けることができ、この非領域的空間の設定はアメリカのエナジーコリドーを設けた際の複数国間での法的交渉と似ており、北海における7カ国の排他的経済水域の境界線が交わっている部分をこのプロジェクトの非領域的設計案の敷地としました。

[穀物農家と非領域的空間の役割]
 このプロジェクトでは設計案の提案目的として非領域的空間の建築物だけでなく、この空間を提案することで何が可能になるのかということを明らかにするために現在問題化している北海周辺国小規模穀物農家の衰退に対する解決策を提示しました。北海沿岸国の小規模穀物農家の抱える問題に焦点を当てることで、非領域的空間の活用だけでなく設計案の都市、国スケールでの機能を生かし既存の状況に対してどのような影響を与えることができるのか探究しました。穀物農家の収入は為替変動や穀物の値段、気候の変動、国の政治的変化等に左右されやすく規模の小さい農家ほど打撃を受けます。例えば2008年の小麦の値段は3倍に跳ね上がり、 農家という仕事は外的要因によって安定が難しいということがわかります。この打撃はさらに土地の値段の上昇、需要供給のバランスの変化と共に北海沿岸国小規模穀物農家の衰退を招いています。 小規模農家は種類富んだ農作物で自然と共生する農業を行います。一方で大規模農家は大きな土地を買い占め、さらに種の遺伝子組み換えや過度な農薬等を導入することで限られた土地でより多く収穫し、環境に良くない方法を使い環境問題を生んでいます。よって小規模農家の衰退を止め環境的に維持可能な農法を促進させ、安定した雇用を維持することが将来的に不可欠だと言えます。  市場の売買価格は主に需要と供給(収穫)のバランスによって決定され、需要が供給を上回れば価格は上昇し供給が需要を大幅に上回れば価格は安くなります。さらに供給が上回った場合、既存の穀物を保存する貯蔵手段であるサイロが北海沿岸の国で不足しているため、過剰な穀物はすぐに市場に回されてしまい、それがさらに穀物の市場価格を下げてしまいます。逆に気象の影響などで供給が減り需要が上回った場合、コストを抑えるために余分な貯蔵空間が無いために回転率の早い既存のサイロには緊急時供給を一時的に補填するための余裕が無いため市場価格が上がってしまいます。このプロジェクトでは、価格を安定させることで小規模穀物農家の生業に安定をもたらし、さらには消費者の食を守り、北海諸国の穀物貯蔵の現在の不足を解決します。そのために一時的(最大4年間)に穀物を保存しに維持するための戦略的なバッファー空間を海洋空間に提案します。このバッファー空間は北海穀物農業協同組合によって共同運営が行われます。国境を超えて建物をシェアすることでコストを分散しリスクを回避します。このプロジェクトは緩和空間を設けることで具体的には収穫余剰に対応して価格を低下させ、収穫不足の需要に応え緊急時の食料アークとして輸出入量を分散することで価格を維持します。さらに現在貿易システムの中で立場が弱くなっている農家のリーチを広げ、彼らの農産物に対するオーナーシップを拡大し貿易市場における北海穀物農業協同組合の立場を向上します。現在北海沿岸国に存在するすべての穀物貯蔵庫は5つの所有者がおり、貿易市場のプレーヤーである農家、農業協同組合、加工産業、貿易および輸送のハブが所有しています。プロジェクトではこの中の農業協同組合の貯蔵庫の割合を広げます。

[敷地]
 このプロジェクトは北海の中央、貿易の出発点と目的地である港と港の間の海の真ん中に位置することにより穀物農家の生活を安定させるために現在の貿易システムに加えて穀物が港を出てから海上で最大4年間の出荷時間を延長します。このプロジェクトでは現在の流通パターンの主流である付加価値をつけてしまう貿易商人のような余計なコスト、および取引の過程で農民の所有権を最小化してしまう国境などの政治的制約を省略することで農業協同組合の仕事を増やします。そしてプロジェクトではこの余計なコストや制約を省き農家の立場を守ります。現在、穀物は北海沿岸に地理的に分布しており小麦、ライ麦、大麦、オート麦、および穀物の混合物である動物用飼料のなど、農産物の品質にも寄りますがほぼすべての北海に面した国々が国同士で穀物の輸入と輸出があります。2018年は北海におけるすべての穀物の貿易取引の合計総額は2億8千万ドルにもなりました。私が北海の真ん中に設計提案している理由の一つはこれらの穀物航路の中央となる北海の中央部分が貿易船の移動距離をどの国からも短縮するのに最適だと考えるからです。これに加えて、私の提案が海の中央にある二つ目の理由は国境を超えた協力を促進するための新たなテリトリー(領域)を作るのに排他的経済水域が有用だからです。北海は7カ国の排他的経済水域に覆われ、国際的交渉可能であるため海上の権利が流動的であり国際的な協力空間を作るに適しています。中央に海岸沿いの港からの穀物運搬航路を集めることでアマゾンのフルフィルメントセンターのような貯蔵と再拡散を中央に集中させ、中央集権化することによりこのプロジェクトは穀物取引のためにこの位置を利用し、農産物の生産者である農家に起因するオーナーシップを農家に返します。ここに提案している位置は現在他の用途に使用されておらず、これも提案理由の一つです。特に現在問題になっている英国のEU離脱が起こった場合やEUのノルウェーへの拡大が起こった場合など、現在はEU、ノルウェー、インターナショナルの3つの市場を接続することになりますが、将来的にこの中性空間は共有領域として穀物を通じて存続できると考えます。

[設計提案]
 都市レベルでの設計案は北海沿岸の7カ国の穀物を扱う主要港から9~17時間離れた位置、北海で特に深さの浅い中央のドガーバンクというエリアの南にあり、約70mの浅い水深場所を選びました。設計案から約2から3キロ離れた場所から穀物船の軌道制御が開始されます。この中性的領域は周辺の7カ国に所有され、穀物貿易ハブは北海穀物農業協同組合と国連食糧農業プログラムによって所有されます。このスペースは北海に面する7カ国が所有するため、この非領域的エリアにアクセスするにはどの国からも国境を越えることはありません。この設計提案の貯蔵庫の最大容量は85億トンで、これは北海沿岸国に現在不足している貯蔵量の合計です。ここに保存される穀物は最大4年間貯蔵され、緊急時には穀物の不足している国々に食料を供給し、収穫が増えた場合は価格の変動を避けるために余剰を貯蔵する役割を担います。このハブは領土外の場所にあるため、このゾーンの管理は7か国が担当し、この建設物であるハブは北海穀物農家協会と国連食糧農業プログラムによって管理されます。
 この設計提案は穀物が保管される可動式の水中サイロ、長期および短期宿泊施設、穀物研究のための実験室、警戒および市場価格変動監視のための管制塔、メンテナンス用倉庫、一時的なサイロ、穀物加工工場、灯台で構成されています。この領域外ハブでは、農民協会によって雇われた異なる国籍の労働者が海洋自治コミュニティを形成し、食堂で一緒に食事をし、運営とメンテナンスのために長期または短期滞在用の宿泊施設で生活します。このバブは重要な機能の1つである将来の動きを予測するために穀物の市場価格を管制塔から監視します。そして実験室では遺伝子組み換えに関する穀物の種の研究と持続可能な環境のためのより良い農業方法の研究が行われます。このハブには北海の国々および国際市場からの船が絶えず入って来て、穀物を荷下ろしまたは荷積みし、出かけて行きます。この領域外エリアは、各国の品質基準に従って国境を越えた運搬を行います。結論として、このExtraterritorial Grain Hubは、中小規模農家を支援するために緩衝空間を設けることで穀物の価格を安定させ新たな貿易システムを提案します。この新しい中性空間は、領土外としての共有領域として、また海洋を代替的建築空間として使用され複数の国が互いに協力し合う空間を提供します。

方法

1学期(9月末から 11月中旬)まではグループワークを通して北海の文化、気候、歴史、 政治的要因を対象とした敷地調査を行いました。私のグループでは特に人為的に設けられた国境という境界線の文化的側面に興味を持ち、北海に対して人々の持つ概念がどのように形成されてきたか、また政治的領海権の発展の経緯をテーマに研究を進めました。またオランダからイギリスにかけて敷地調査を含めた研究室での研修旅行に参加しました。研修旅行ではオランダの水門、ドイツの戦争遺跡、フランスの移民キャンプや貿易港を訪れ、プロジェクトで何を扱うか考えながら回りました。2学期(1月から3月)にはプロジェクトの具体化し、敷地の選定、国レベル、都市レベル、人間レベルの3つの観点からケーススタディを行い政治的、地形的、文化的、歴史的背景をまとめました。また既存の建物や構造についてもスタディを行いました。2学期半ばまでにプロジェクトのベースとなるリサーチとコンセプトが固まり、デザインを開始しました。3学期(4月から6月) にはデザインを完成させ、最終的なドローイングのアーティキュレーション、プレゼンテーションの仕上げを行い、最終審査が行われました。その後年度末の展示会が始まり今年度の1年間が終了しました。

結論・考察

今年度は政治的文化的かつロジスティックスに関係した分野と建築を融合させ研修に取り組みました。特に政治など私にとって今まであまり関わりの無かった分野で新しい学びでしたが、どのようなタイミングで異分野の中に建築が大きな役割を担うことができるのか、またどのように異分野で建築に可能性が見出されるのかを考える良い機会になりました。特に海に関わる法律は奥が深く建築を学ぶだけでは関わることのない分野に触れることができました。もちろん建築が私の専門分野ではありますが、政治や法を専門に研究されている方にはできない建築的アプローチの仕方が学べたのではないかと思います。今後の展望としては、来年度が最終年度なのでさらに非建築と建築の関わりについて学ぶことができたらと考えています。今年度は助成金をいただき研修する機会をいただけたことで新たな学びにつなげることができました。心より感謝申し上げます。

英文要約

研究題目

Extraterritorial Grain Hub in the Middle of the North Sea A new distribution pattern through co-operation beyond borders

申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名

Yuki Terado
Diploma School Student of Arhitectural Association School of Architecture

本文

The project explores alternative usage of the ocean as fluid territory to stabilise the price of grain by introducing a new trading path in addition to the current system to support small-medium scale farmers along the North Sea. This is a speculative and experimental project. The proposal extends the ownership of the farmers over their produce by taking advantage of inhabitable transitional space between borders where nations share the territory and accelerate the co-operation beyond borders and by locating in the middle of the North Sea which is powerful optimising the distance of travel for centralisation of the grain network over the ocean.

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