top of page

研究報告要約

国際交流

2-210

目的

菅谷 富夫

大阪中之島美術館(旧:大阪中之島美術館準備室)は、2014年にパナソニックグループ及び京都工芸繊維大学とともに、産学官連携事業としてインダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクト(IDAP)を立ち上げ、関西・大阪を中心に発展した戦後の工業デザイン、特に家庭用電化製品の情報収集と、デザインや開発などに直接関わったデザイナーや開発担当者のオーラルヒストリー聴取を進め、その記録を蓄積。次世代の活用のために提供・発信する活動を促進してきた。2016年には、さらに広く本プロジェクトへの参加を募るため、大阪中之島美術館を事務局とするインダストリアルデザイン・アーカイブズ協議会を発足。さらにインフィル分科会を設立し、工業化住宅の建材及び設備をその対象に加えた。
 インダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクトでは、工業デザイン製品を戦後日本のライフスタイルや社会行動、価値観をかたちづくってきた主要な構成要素のひとつと捉える。しかし、これまでその歴史・文化的資料価値は広く認められず、消費財としての機能を終えた後は、製品自体にしてもその開発プロセスを記した関連資料にしても、計画的な保存対象とされてこなかった。それによって、戦後に発展した比較的近年の資料でありながら、遺失の程度は極めて大きく、歴史文化研究においては「不在」となってきた。この遺失を情報の記録と保存をもって食い止めようとすることが、インダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクトのもっとも大きな目的である。そして、その目的のために、広く一般に工業デザイン製品の文化価値を周知すべく、シンポジウムや公開ディスカッションなどを継続的に実施している。
 また、工業デザイン製品と同様の傾向が、戦後の都市空間・建築の分野でも顕著に認められる。近代以降の大阪の建築史や都市文化史を俯瞰すると、一般に「近代建築」と呼ばれる戦前の建築物には注目が集まるものの、戦後から高度成長期にかけてのビル建築や都市整備に関しては、記録や資料の整理が進まず、加えて昨今の再開発の波にあって、戦後の建築物の解体が進み、建設時資料の散逸が認められる。東京・湯島の「国立近現代建築資料館」の設立準備にあたって、建築関係資料の所在についての調査が全国的に実施されたものの、結果的に、国レベルでは著名な建築家の資料以外の整理・保存は射程に入らず、地域の建築・都市計画資料は、地域または個々の研究者に委ねられている状態である。大阪では、建築物の一般公開を促進する「オープンハウスロンドン」に着想を得て、2013年より実施されている「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪」(現在、「オープンハウスワールドワイド」に参加)は、著名建築家の「作品」のみに寄らない、都市文化全体のなかで建築物を捉え、一般的な関心の向上をめざす取り組みであり、大阪中之島美術館も毎年、さまざまなかたちで協力している。
 建築・都市計画の分野をインダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクトに加えることは困難なものの、建築・都市文化分野における大阪での取り組みについて、「作家主義」を保留し、都市全体の文化価値を周知するという点では目的を一と理解し、アーカイブという観点からの研究・普及においては、大阪中之島美術館主催で建築と都市を取り込み、活動を推進している。2018年度、19年度と、大阪中之島美術館の設計・建築に伴い、建築や工業デザインのアーカイブについて小規模のシンポジウムやトークイベントを実施しており、その内容を受けて国際的な文脈で議論を展開すべく本活動「都市のアーカイブ:その実践と創造的活用」企画・実施した。

内容

【本活動の概要】
名称:大阪中之島美術館×アートエリアB1 国際ミーティング 「都市のアーカイブ ― その実践と創造的活用」
日時:2021年9月30日(木) 19:00-21:00
【実来場観覧】会場:アートエリアB1|定員:100名程度(無料/申込不要/当日先着順)
【オンライン観覧】アートエリアB1ウェブサイトより配信(無料/申込不要)
ゲスト:Nathaniel Parks(シカゴ美術館アーカイブ・ディレクター)、Katja Leiskau(ドイツ建築博物館アーカイブ部長)、五十嵐太郎(建築史家、東北大学大学院教授)、渡部葉子(キュレーター、慶應義塾大学アート・センター教授) *Parks氏、Leiskau氏は収録映像による出演
モデレーター:植木啓子(大阪中之島美術館学芸課長)、木ノ下智恵子(アートエリアB1運営委員・大阪大学准教授)
主催:大阪中之島美術館、アートエリアB1、クリエイティブアイランド中之島実行委員会
助成:公益財団法人ユニオン造形文化財団
告知文:2022年2月に開館する大阪中之島美術館は、近年その重要性が語られている「アーカイブ」を、美術館の主要機能のひとつと位置づけ、積極的に推進している。中核都市・大阪にある美術館にとって、アーカイブの活用を都市へと拡げていくこと、この場所における意義を形成していくことは、アーカイブの機能的な充実と並行して考えるべきことではないか。アーカイブにおいて整理され固定された、言い換えれば「凍結」された資料は、未来へ向かう可能性である。この可能性を私たちはどのように展開、いわば「解凍」するのか。新たな都市の歴史の記述に活かしたり、次の創造的な活動に寄与したり、どのような「第二の生」=意味を持つことができるのか。水都大阪と同じ特性を持つ都市、シカゴとフランクフルトの実践を参照しつつ、議論を展開する。
【本活動の内容】
本活動の当初の計画では、欧米の建築に関するアーカイブの専門家を大阪に招聘しての国際シンポジウム開催であったが、新型コロナウイルスの広がりにより、人々の往来が制限されたため、計画を1年延期した上で、海外からのゲストの講演についてはオンラインによる事前収録となった。事前収録とした理由は、欧州・米国・日本間の時差による止むを得ない判断である。また、従来的なシンポジウム形式を取ることが困難となったため、名称を「国際ミーティング」と変更している。
 大阪と都市形成や状況と共通点の多い、米国シカゴおよびドイツ・フランクフルトの建築関連アーカイブの責任者をゲストとし、「建築」「都市」「アーカイブ」をテーマに、その「実践」「活用」およびさまざまな課題の紹介と考察を依頼した。講演の事前収録においては、主催者からの質問への回答も求めている。
 講演と質疑応答の収録映像は、国際ミーティング(9/30)においてまず最初に映写・配信され、その内容を受けて、日本側のゲストの議論が展開された。シカゴとフランクフルトに事例は、期せずして対照的な方向性を有し、日本と大阪における建築資料の保存と継承がかかえる現状と潜在的な課題をあらためて浮かび上がらせた。

方法

【アーカイブの現況】
近年日本でも、大学などの研究期間、行政機関、企業、職能団体、博物館・美術館で「アーカイブ」に注目が集まっている。これまで「アーカイブ」という名称を使用しつつも、アーキビストの機能やアーカイブ学に基づいたアーカイブズ構築の重要性の理解が進まないままの実践がアーカイブをめぐる状況を形成していたが、次なる発展や継続性について行き詰まりが顕在化し、あらためてアーカイブの目的や方法論の基本の確認と必要性に関する議論が進んでいる。
【インダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクトの特殊性と建築分野】
インダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクトは、以下の5つの方法をもって研究活動を実施している。①企業が保管する歴史的製品とその関連資料の「情報収集」とそのデータベース化の促進、および企業アーカイブズとの連携・ネットワーク化、②デザインに特化したデジタルアーカイブズそのものの研究促進。特定の製品分野に関する分科会の設立、③OB/OGデザイナー、商品開発者からのオーラルヒストリー聴取、およびその公開、④インダストリアルデザインやデザインアーカイブズにかかる公開ディスカッションやシンポジウム、セミナーの開催、⑤大阪中之島美術館における展覧会、展示の企画、実施。
 研究活動の核となる①については、実際の資料(「モノ」であっても「データ」であっても資料そのもの)を収集しないという点で、インダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクトの特有の方法で、従来の整理、公開するアーカイブズ構築とは異なる。この方法は、A.対象となる資料がひとつのアーカイブ機関が収集できる規模を、数的にもサイズ的にも優に超えていることが、研究活動発足前から判明していたこと、B.対象となる資料が企業の歴史的製品として今後も継続的に保存される可能性があったこと、によって採用されたものである。しかし、こうした方法を建築・都市計画分野に即時に援用できるかは不透明である。その理由として、例えば、現資料の所蔵者が個人や行政団体を含め多岐に渡ることと、所蔵者(団体)自身がその存在について詳細を把握していないことが挙げられる。
 したがって、課題を共有する建築と工業デザイン分野であっても、インダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクトの活動方法を基として建築や都市計画分野のアーカイブについて議論することは有効ではないとの判断から、方法論の検討は一旦保留し、事例研究と課題の普及に本活動「都市のアーカイブ:その実践と創造的活用」の主眼を置いた。
【国際シンポジウムの開催】
本活動は国際シンポジウムの開催である。しかし、海外事例と国内事例の比較による知見や課題の共有は国内では長期にわたる事例が不在であることからかなわないため、海外事例を学ぶことにまずは注力した。また、アーカイブ自体の構築や運営などの事例紹介にとどまらず、「なぜそれが必要なのか」ということ、言い換えれば、その活用可能性をテーマの中心に置いた。建築や都市計画などのアーカイブの意義や必要性は、未来志向のものでなければ継続的な理解や支援が得られないとの考察による。

結論・考察

【建築と都市に関するアーカイブズ構築の方向性と存在意義】
 シカゴ美術館アーカイブは、それまで設立経緯ごとに独立していたシカゴ美術館の各種アーカイブズを統合して、包括的に管理・保存、また活用していくため、昨年(2021年)に設立された。数々の歴史的そして現代的建築物をこの都市の文化資産として記録・保存し、観光資源として活用するシカゴは、「建築の都市」として知られているが、実際、シカゴ美術館のアーカイブズとシカゴ歴史博物館のコレクションを併せると、シカゴ市は世界でもっとも充実した地域の建築及び都市計画の資料を所蔵・保存する都市のひとつである。そしてその活用は、研究や展覧会などを通じた普及にとどまらず、さまざまな団体が連携するシカゴ市の文化プロジェクトにも及ぶ。
 ヨーロッパ金融の中核を担うフランクフルトは、ドイツでは唯一高層ビルのスカイラインを有する風景によって、ビジネス都市の強い印象を人々に与える一方、市の中心を流れるマイン川の川岸には博物館・美術館が立ち並び、ゆったりとおおらかな風景を同時に形成している。「冷たい金融都市」のイメージ軽減に博物館・美術館と水辺の風景は大きな役割を果たしており、「ドイツ」の名を冠し、国際的なスコープを持って世界的に著名な建築家による建築模型や資料を収集するドイツ建築博物館及びそのアーカイブ部門が、一地方自治体であるフランクフルト市によって設立された大きな理由のひとつに、こうした文化機関が都市のイメージ形成に果たす機能への評価がある。
 つまり、シカゴとフランクフルトにおける建築アーカイブは、設立背景も収集・保存方針も異なるものの、それが存在する都市の要請や特徴と切り離すことのできない関係のなかでその存在を維持し、活動を続けている。1879年の美術学校と美術館の設立と時を同じくしてアーカイブズ収集が開始され、1世紀以上の歴史を誇るシカゴ美術館のアーカイブ活動にしても、1984年に設立され、世界でもっとも重要とされる建築模型コレクションのひとつや25万点にも及ぶ建築ドローイングや図面を所蔵を形成する比較的「若い」ドイツ建築博物館のアーカイブ部門にしても、都市に欠かせない文化資本として認識されていることが、アーカイブズの規模や質と並んで重要性をもつ。
 上記の「存在意義」への視点は、本活動の計画から実施に至るまで中心的なものではなかった。アーカイブと都市との関係性については、アーカイブズを都市の創造活動にどのように活用していくべきか、どのような活用の可能性があるかという、動的な文脈での具体的な事例による議論を想定、期待していた。確かに、国際ミーティングにおいて、非常に参考になる具体的な活用事例は示され、その有効性や価値は高いものであるとの理解は進んだ。しかし、こうした活用事例が「可能となる」、あるいは即時的に大きな効果が得られるわけではなく、継続していくことによって徐々に影響力を発していく活用事例が「継続できる」、その背景や理由を都市との関係性のなかに求め、創造的に構築してかなければ、長期的にそして発展的に存続していくことができない。
 言い換えれば、アーカイブへの理解の不足を指摘し、そこに投じられるべき人的・財政的支援の必要性を主張することは難しくはない。しかし、その主張が必要性の認識として普及するかは、また別のことである。ツールとしてのアーカイブ活用可能性の議論は、アーカイブの都市における存在意義の確立の議論抜きには、アーカイブ構築への途を開くことにつながらないのではないか。本活動はこうした次の課題を示すことになった。

英文要約

研究題目

International Meeting: The City and Its Archives
The role of archives in major cities — Practice and creative utilization

申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名

Tomio Sugaya
Director
Nakanoshima Museum of Art, Osaka

本文

Nakanoshima Museum of Art, Osaka opens in February 2022 with a dual focus on art and design. Actively maintaining archives is one of the museum’s key functions.
The importance of archives has been frequently discussed in many fields in recent years. One concern is how to construct and maintain archives by collecting and accumulating a variety of tangible and intangible resources, how to make them accessible, and how to disseminate archival content. A second concern is the question of how best to promote effective utilization of the archives. As an art museum operating in the city of Osaka, we need to think about how to expand the utilization of the archives throughout the city, and about how to create greater awareness of the presence of the archives here in Osaka. This is in parallel with providing comprehensive functionality. Archives consist of materials that have been catalogued and fixed, ‘frozen’ in a form that provides potential. We need to think about how that potential can be released to play a part in writing new histories for the city, or to be utilized in creative ways, taking up a second life with new significance.
For this international meeting, archivists from two Western cities that have characteristics in common with Osaka—Chicago and Frankfurt—talked about archival practice, and their presentations formed a basis for discussion looking into the utilization of the archives in Japan.

bottom of page